2019年4月1日月曜日

「いま、ただちには~しない」日本語の表現

『歴史としての3:11』河出書房新社編集部編2012年に、精神医学者、中井久雄氏の「時遅れの情報と向き合って」という寄稿が載っている。
日本語の表現という小見出しをつけて、志方俊之氏の講演の中にあった言葉を引いている。孫引きになるがここにあげる。
そのとき米国大使は非常に腹を立てていました。在日米国大使館の同時通訳、翻訳チームは最高の通訳者ですが、朝から総理や官房長官、原子力安全保安院、経済産業大臣の話していることをビデオに撮り、「すぐに英語に直せ、それを本国や日本にいるアメリカ人に知らせたい」と言ってもなかなかできなかったからです。なぜかと聞くとあれは日本語ではありませんと答えたそうです。確かにあの人たちの話は日本人が聞いてもよくわかりません。「今ただちには危なくはない」と言うと、英語では「では、いつになったら危ないのか」というコノテーション(言外の意味、内包の意)を含みますが、彼らの言葉に続きはありません。(…)危険を市民に伝えるリテラシーがしっかりしていないから、風評被害などが起こるのです。結局、東京にいた外国人は、日本で何を聞いてもわからないので、CNNやBBCの記者団が日本で取材した内容がアトランタで放送されるのを日本で視聴して、初めて自分の周りで何が起こっているのか知るしかありませんでした。CNNは2日目、3日目からメルトダウンという言葉を使って放送していましたが、日本では「炉の一部が損傷している」と説明していました。
中井氏はこれに続けて次のように述べている。
今回、政府が嘘をつくことだけはよくわかった。どこの国でも政府はある程度、嘘をつくけれども、その国の首相にも伝えられないような嘘をつくというのは、これは今回の特徴かもしれない。政府の発表を読んでいると、さんざん削除されたり追加されたり変更されたりした跡が見える文章である。英語にも訳せないということは世界が理解していないということに近い。

当時官房長官だった枝野氏が頻繁にテレビ画面に登場して事態の推移を発表しては、こういう言葉を繰り返していたことを思い出す。直ちには影響を及ぼさない、という言い方だったように思うが、それはどうでもよい。英語に翻訳できるかどうかというより、それを聞いて日本人がどう受け取るか、あるいは直訳するとアメリカ人がどう受け止めるかという聞き手の反応が問題の本質かもしれない。自分の身が危ないのではないかと切羽詰まった感覚を持っているのと、まったく訳が分からない思いをしている人とでは違うかもしれない。後者なら、これを聞いて少しは落ち着くだろう。国民がパニックを起こさないように、枝野氏はこの表現で当座をしのいだのだと思う。逆に言えば、日本人の大多数は原発の危険について、それほど何も教えられていなかった無知集団だった。原発政策に突き進んだ人たちの大罪である。

(2019/4)