2024年2月17日土曜日

街の人たちは親切だった

 この頃急速に脚の筋肉が弱くなった、歩くことが少ないからだろう。外へ出る用がない。4階分下の郵便受けまで朝夕新聞を取りに行くこと、週2回のゴミ出し。月に一度クリニックで処方をもらって薬局に行く。時折、向かいのショッピングセンター、たまに駅前からバスで図書館へ行くぐらい。どれもせいぜい4千歩あまりだ。これらを通じて以前より衰えている実感がある。

34年ほど前、筋肉の衰えを防ぐため、階段の上り下りにエレベーターを使わないようにしていたことがあるが、ある時思いがけなく転んだ。多分つま先が上がらなくなっていたところに渡り通路の金属の継ぎ目が引っかかったのだろう。その前には滑らない底の靴を履いていたときにショッピングセンターのきれいなタイル床につまづいた。どちらの場合も前のめりに倒れたから顎を打った。どちらの場合も杖は持っていなかった。以後、転ばぬ先の杖を持つようにした。

今朝、所用で柏の年金センターに出向いた。普通の人で駅から徒歩5分の距離である。

ビルの入口、10センチあまりの段差が二段。この日は足の動きが良くなかったが、自宅から駅まで歩き、電車で来た。風の強い日だったので風当たりの強くない経路を辿って大回りしてようやく目指すビルの前まで来た。やれやれと思いながら一瞬ためらったが、左足を一段上にかけ、次いで引き上げたつもりの右足が上がらずに段差に当たって横向きに転倒した。ということは無意識のうちに体は前のめりになっていたのだろう。杖を持った右手の肘と左手で反射的に顔と体をまもった自然の動作で顎もメガネも補聴器も無事だったが、そのまま段差に斜めになった体が起き上がれない。もがいているところに通りがかった女性が大丈夫ですかと声をかけてくれた。しかし60キロの体を起こしてくれるには無理だ。女性がかまってくれたおかげで、気付いた通りがかりの男性が一人二人と寄ってきて大丈夫ですかと気遣ってくれた。一人が肘を出して掴まれと言ってくれ、別の一人が腕を掴んで引っ張りあげてくれた。おかげで立つことができた。まったくだらしのないことだが、こんなことは初めてだ。いままでは転んでも自分で起き上がれたのに、どうしたことだろうか、未だに良く分からない。転倒して気もテントウ?洒落にもならない。それにしても通りすがりの人たちは親切だった。男性はふたりとも560歳代の感じで背広族ではない。気立ての良い人たちだと嬉しかったが、顔を覚えていない。立ち上がってから、脚の具合が気になって一歩また一歩と確かめた。立ち上がったとき、頭を下げてお礼を言った。しかし、実際はお礼より自分の脚の安定のことが先立って気になっていたのだ。男たちはしばらく見守ってくれていた。落ち着いてから考えた。もっと相手の目や顔をよくみてお礼を言うべきであった。ほんとに親切が身に沁みたのだから。いつか出会ったらお礼を言いたい。柏の街の人たちは温かかった、としみじみ思い返している。 

これからも、いつ、どこで見知らぬ人のご厄介にならないとはかぎらない。そういう立場になっていることを自覚しておこう。歳をとったことへの自覚と反省である。(2004/2)

2020年1月27日月曜日

UCカードで不正利用金額が払い戻しされた

昨年9月、請求書付帯の利用明細書に全く心当たりのない海外利用店名と利用金額が2件含まれているのを発見した。9月15日発行、支払日10月7日。UCカードではこういう場合には電話で問い合わせすることになっている。あいにく当方は老人性難聴で補聴器を使用しているが、電話を通じての言葉がよく聞き取れないため会話が困難である。しかし、UCカードの場合メールその他の代替通信手段が公示されていない。
クレジット・カード会社はこの場合にはしかるべく調査の上、不正と確認されれば請求取消、払い戻しするのが通常であり、それが行われることがカード会社の信用になる。
利用者のとるべき方策は、不正利用をカード会社に通知して調査を依頼すること、引き続いて不正に利用されることを防ぐためカードを解約することであろう。
そこでカード会社には書面で事情を通知して、カードは解約することにした。
文書宛先はUCコミュニケーションセンター、9月21日付。カード解約日9月25日。
カード解約は電話による他に方法がないことは大多数の他社も同じである。当方はカード解約の経験があったので、暗証番号が求められること、残存ポイント放棄の意思を伝えること、を直感で受け答えして切り抜けた。
さて、当方から文書郵送した後、経過状況一切不明のままに過ぎた。
12月にUCカードの利用明細書が郵送されてきた。12月15日付にてマイナス計上の金額が明示され、返戻する旨付記されていた。問い合わせ先は豊島区の(株)クレディセゾン。
遅れて親展の来状があり、調査結果で請求取消になったことと、1月度の支払明細書に返戻が記載されることが通知された。国際ルールによる調査のため時間がかかった旨の説明もあった。文書日付は上と同じ12月15日だが、消印は12月19日中野北局、差出人(株)クレディセゾン、照会先ユーシーカード(株)。この種業務の担当係名もわかったが、公開してよいか不明のためここには書かないでおく。
1月に当方の銀行口座を調べて戻し入れが実行されたことが確認された。

以上で今回の不正利用被害にかかる問題は落着した。当初、電話の他に被害申し出の方法がないことに不満と不信をもったが、結果としてはUCカードも信頼できそうに思えた。ただし先方からの文書に今後も当カードをよろしくとあったのには残念に思う。当方はすでに解約して、電話でも解約理由は告げた。その解約が文書発信者に伝わっていない。当方の考えでは、こういう場合被害カードを無効にして代替カード発行という方法もあろうかと思う。そうできれば会員解約も不要である。営業意欲が少ないのかも知れない。当方の文書が受け付けられたかどうかも不明で、不安であった。それからカード会社全部にお願いしたいのは問い合わせや解約に電話に代わる方法を開発してもらいたいということである。UCカードの対応には感謝するが、体制に工夫が望まれる。
ちなみに利用明細書に記載されていた海外利用店名は、BONXMEDIA および KICKSPLAYでどちらも.COMがついている。映画鑑賞会員を騙るフィッシング詐欺のように思われる。当方のカードがどのようにして利用されたのか全くわからない。以上参考までに付記する。(2020/1)

2019年6月11日火曜日

ひらがなの「つ」の出どころについて

ひらがなが漢字の草書体をもとにしてできたと考える時、「つ」の元は「川」であるとされるのが多い。それが正しいとすれば、なぜ「川」が「つ」と読めるのかが疑問になる。
ちなみに漢字「川」のよみには「セン」がある。このことを考えると、「つ」とよむのは漢字の音ではなくて意味を利用して字を当てたと考えられる。「山」のよみに「サン」ではなくて「やま」を当てるのと同じ方法である。
江戸時代の年貢を納める手順を調べるとコメの産地の貯蔵庫「郷倉」から船積みの場所「津出し場」まで運んで「津出し」する。「津出し」は廻船に積み込むことをいう。
こういうときの「津」は「みなと」をいう語である。輸送経路が海である場合も川である場合も船積みする「みなと」が津である。川筋の「津」を意味するつもりで、川から離れた地域で「津」のかわりに「川」ということが生じる可能性は小さくないと考える。ここに「つ」が「かわ」に代わる可能性があった。ここで「川」の読みに「つ」が当てられるようになったと考える。これは江戸時代の用語からの考察ではあるが、古い時代にこういう交替がすでに起きていたと想像する。輸送経路あるいは運送の歴史を考える時、陸路より海路または水路によるほうが便利であったろうことは明らかである。輸送に関係する「つ」が探索できれば解明できるだろう。「つ」と「かわ」の交替を証するような事例が発見されることを期待している。(2019/6)

2019年6月10日月曜日

免許証返納ということ

高齢者の運転が引き起こす交通事故が立て続けに起きて、高齢者は免許証を返納したほうが良いという意見が強まっている。理屈で考えると、ことは免許証の問題ではなく、高齢になったがために判断力が鈍ったり、身体機能が衰えたりするために運転技能が低下することに問題がある。だから議論の的は高齢者は運転をやめたほうが良いということである。してみれば、免許証を返納しなくても、運転することをやめさえすればいいのではないか。自分の運転がどうも危なっかしいなと思えば運転しなければいいのである。
池袋での87歳の男性、福岡の81歳の男性、どちらも1年前に免許証返納をしたほうがいいだろうと言うのを知人が聞いている。なぜその時に運転をやめなかったのだろうか不思議である。要は自分で決断できなかっただけのことではないのか。決められない人たちだ。
交通の不便な地域に住んでいるなら、とるべき方法は別に考えなくてはならないが、うえの事例は市街地でのことである。タクシー利用の便もあるだろう。所有するための税金を払って、ガソリン買ってまで死出の旅をお急ぎならば、独りででかけて、他人に迷惑をかけないようにお願いしたい。
ところで、免許証返納というが、言葉の響きはお上にお返し申し上げるように感じられる。試験に合格して交付された免許証を返すには申請しなくてはならないとは何か変だ。申請とはお願いではないか。何をお願いするかといえば、免許の取り消しをお願いするのだ。有効な免許証を持っている人が、免許取り消しを申請して、それが受理されて取り消される。道路交通法103条には免許取り消しの規程があるが、これは交通違反などの処分としての取り消しである。ここで話題にしているのは、自主返納による取り消しであって、処分による取り消しとは区別して申請取消という。
有効な免許証を自主的に返納するためには、その旨を申請して許可を取り消してもらわなくてはならないという決まりだ。
免許を証明する免許証は公文書であるので潜在的に所有権は国にある。だから取り消されて失効した免許証は速やかに返納しなくてはならないという理屈である。違反すれば2万円以下の罰金だとある。それでいて刑事訴訟法に規定された公訴期限が免許証の場合は3年なので、それを過ぎれば罰金を課することができなくなると説明されている。だからといって、免許証更新を無視して失効した免許証を保有しても、刑事がムキになって捜索に来るということはない。
ここまで書いてきて、一つ引っかかったことがある。処分で取り消された免許証は返納する義務があるから、返納しなければ義務違反が生じる。ところが自主返納では返さなければ取り消しにもならない。返す義務は生じないから違反もないという説もある。失効した免許証を長年持っていた人が死亡した場合、遺族はできるだけはやく返せという指導もある。これは悪用されることを防ぐ意味だそうである。
自主返納した場合、返納から5年以内に申請すれば運転経歴証明書をもらえる。この証明書は身分証明証の代わりになる。自主返納制度ができる時に、運転免許証を身分証明書として利用している人たちが困るというので、代わりの証明書を作ることにしたのだそうだ。法的な身分証明書を用意していない日本の国の制度不備を補う措置と言えようか。
運転経歴証明書の持ち主が死亡した場合には、早く返せという指導はないそうだ。
自主返納を申請したご褒美に特典を用意している自治体もある。これも申請しなければもらえないし、特典というのもなにかおかしな感じがする。もともと運転免許が特権的に考えられていた時代の名残りかもしれない。
運転経歴証明書と別に運転免許経歴証明書があるのは紛らわしい。後者は職業運転者の場合に必要な書類で、自主返納とは無関係である。もっと言えば運転記録証明書もある。運転手を雇用する時に、対象者が過去に受けた行政処分を参照するために使用されるそうだ。以上いろいろ書いてはみたが、どうも返納という用語といい、取扱いといい、はっきりしない部分がつきまとう。
筆者の経験からは、このほかにも日本の国際免許証や外国の運転免許証とその翻訳についてなど、腑に落ちない取扱いがあって、いずれも日常業務に支障なく行政の指導に合わせることが難しい側面がある。国境を超えた場合への対応が万全でない事に起因する問題点だと思う。
筆者が海外駐在をした当時は、滞在国の人から総選挙の投票のために帰国しないのか、と問われて何を訊かれているのか、すぐには理解できなかった。英国人なら休暇をもらえて帰国するとのことだった。今で言えば最高裁判所の裁判官審査投票と同じ問題である。
駐在を終えて帰国した時に、使用していた外国の運転免許証を提示して日本の免許証を貰おうとして警察署の窓口でスッタモンダしたこともあった。法令的には警察の言い分が妥当だったようだが、当方は一日たりとも免許証のために仕事を休むことはできないから頑張ったが、結果は窓口担当者ではなく、その上司の裁量で日本の免許証を出してくれた。ただしその日に初めて取得したことにされて、それまでの運転経歴25年間が消えてしまった。免許証に関しては転勤で引っ越すたびに住所変更を届けなくてはならず、警察はいつも難癖をつけられるためにある役所に思えたものであるが、この文章を書くために道交法の章文をあたってみると、入れ子の連続文から必要な意味をとるのに苦労した。あれでは警察官の頭脳から柔軟な発想が出ることはまず期待できそうにないとあらためて感心した。(2019/6)

2019年4月1日月曜日

「いま、ただちには~しない」日本語の表現

『歴史としての3:11』河出書房新社編集部編2012年に、精神医学者、中井久雄氏の「時遅れの情報と向き合って」という寄稿が載っている。
日本語の表現という小見出しをつけて、志方俊之氏の講演の中にあった言葉を引いている。孫引きになるがここにあげる。
そのとき米国大使は非常に腹を立てていました。在日米国大使館の同時通訳、翻訳チームは最高の通訳者ですが、朝から総理や官房長官、原子力安全保安院、経済産業大臣の話していることをビデオに撮り、「すぐに英語に直せ、それを本国や日本にいるアメリカ人に知らせたい」と言ってもなかなかできなかったからです。なぜかと聞くとあれは日本語ではありませんと答えたそうです。確かにあの人たちの話は日本人が聞いてもよくわかりません。「今ただちには危なくはない」と言うと、英語では「では、いつになったら危ないのか」というコノテーション(言外の意味、内包の意)を含みますが、彼らの言葉に続きはありません。(…)危険を市民に伝えるリテラシーがしっかりしていないから、風評被害などが起こるのです。結局、東京にいた外国人は、日本で何を聞いてもわからないので、CNNやBBCの記者団が日本で取材した内容がアトランタで放送されるのを日本で視聴して、初めて自分の周りで何が起こっているのか知るしかありませんでした。CNNは2日目、3日目からメルトダウンという言葉を使って放送していましたが、日本では「炉の一部が損傷している」と説明していました。
中井氏はこれに続けて次のように述べている。
今回、政府が嘘をつくことだけはよくわかった。どこの国でも政府はある程度、嘘をつくけれども、その国の首相にも伝えられないような嘘をつくというのは、これは今回の特徴かもしれない。政府の発表を読んでいると、さんざん削除されたり追加されたり変更されたりした跡が見える文章である。英語にも訳せないということは世界が理解していないということに近い。

当時官房長官だった枝野氏が頻繁にテレビ画面に登場して事態の推移を発表しては、こういう言葉を繰り返していたことを思い出す。直ちには影響を及ぼさない、という言い方だったように思うが、それはどうでもよい。英語に翻訳できるかどうかというより、それを聞いて日本人がどう受け取るか、あるいは直訳するとアメリカ人がどう受け止めるかという聞き手の反応が問題の本質かもしれない。自分の身が危ないのではないかと切羽詰まった感覚を持っているのと、まったく訳が分からない思いをしている人とでは違うかもしれない。後者なら、これを聞いて少しは落ち着くだろう。国民がパニックを起こさないように、枝野氏はこの表現で当座をしのいだのだと思う。逆に言えば、日本人の大多数は原発の危険について、それほど何も教えられていなかった無知集団だった。原発政策に突き進んだ人たちの大罪である。

(2019/4)


2019年3月17日日曜日

耳石を動かせーースマホを使え


某月某日

通信ができなくなったスマホをどうしようか。買い換えるごとに不要になると考えるか、それとも何か用事を言いつけようか。

ひとつ思いついてやってみた。タイマーである。パソコンに向かって何かをし始めると、作業の区切りがつくまで立ち上がることをしない。いつかの”ためしてガッテン”では、アンチエイジングには耳石を動かせ、というのがあった。耳の中の石ころがじっとしたままでは老化が進むから動かせという。どうすれば耳石が動くのか。立ち上がるだけでよいという。だから30分に一度立ち上がれ、とすすめる。

タイマーを30分にセットして、時が来たら音を鳴らさせる。これならかんたん、ボクにもできる。

鳴りました、聞こえたよ。でも作業の手は止まらない、ずっと続けてる。これじゃ何にもならないですねぇ。鳴ったら手を止めて立ち上がる癖をつけよう。目的は30分に一度立ち上がることだ。タイマーを鳴らすのが目的ではないのです。

で、この文章の目的は不要になったスマホを活かす方法を書き留めておくこと。

使ったタイマー:マルチタイマー、無料。google playからインストール。Lemonclip製。


追記:と書いては見たが、実はPCやソフトにトラブルが起きたとき、理屈も何もわからないけれど自力で修復しようとする。1時間…2時間…あっという間に過ぎてしまう。こんなときタイマーが鳴っても気が付かない。たとえ耳が悪くなくても気が付かないと思う。こうなると機械のタイマーより、意志力のタイマーをどう働かせればよいか。問題である!